半身麻痺の男性が教えてくれた生きる意味
「もう生きている意味がない」
ある訪問福祉サービスで働く女性が、60代男性の自宅を訪れた際、このように漏らしたそうです。
男性は1年前に脳出血を発症し、救急搬送。10日間生死をさまよい、奇跡的に生還します。ですが、後遺症で頭部の左側と首から下の身体の右半身の麻痺の障害が残りました。数ヵ月の入院、リハビリで一定の回復はしたものの、自分で歩くこともできず車椅子生活になました。自己所有のマンションから半分ほど狭くなったバリアフリーの団地へと引っ越し。
トイレや入浴は自力でできるようになったが、その他のことは家族をはじめとする人頼み。「迷惑をかけたくない」という自責の念からネガティブな感情になっていたと言います。そんな男性が、福祉サービスを受ける中で、本音を漏らしながら徐々に閉ざしていた心を開き始めます。
・20代の頃から運送業一筋で日本全国を駆け回っていたこと
・取れる限りの運転免許を全て取得したこと
・バイクが好きで暇があれば高速道路を疾走していたこと
・運転技術や走りでは誰にも負けなかったこと
大型バイクの魅力やカーブの曲がり方の運転技術を熱っぽく語る男性の表情はですね。訪問直後の生気のないものではありません。眼光鋭く風を切って走る”走り屋”の目になっていたそうです。
病によって身体の自由は奪われましたけど。武勇伝を語るうちに身体を自由に動かして疾走していた頃の感覚、当時の気持ちが甦ってきた。それが表情に現れたのでしょう。人は、記憶と想像力を働かせれば、いつでも当時に戻って、同じ出来事を経験できるのです。
・夢中になって取り組んだこと
・一生懸命だったこと
・苦労して乗り越えた経験
・幸せを感じたこと
心に残る経験は、記憶に強く残り、ふとした瞬間に顔を出して当時の気持ちを甦らせてくれます。年を重ね、経験を積んでいくに連れて、そういった思い出も増え、過去を振り返ることで感情が甦ってくるでしょう。
女性の帰り際、男性は言いました。
「最初は医者から生きているのが奇跡と言われた」
「よくここまで回復できたと驚かれた」
こう生き生きした表情で語ったそうです。血の滲むようなリハビリの成果ですが、その経験も武勇伝の1つとして記憶に深く刻まれるでしょう。後から振り返った時に心熱くなれる経験を積み重ねるということ。悩み戸惑いながらも常に一生懸命に全力で生きた経験、記憶。これらは、色褪せず当時の風景を遡って、過去の自分に会うことができると思います。
人はみな老い、そして病の床に伏していく運命にあります。男性の通った“軌跡”は、後を辿る我々に「人生をどう生きるのか」の1つの道しるべを示してくれています。