人の心は「掴むもの」と思っていませんか?

 勝てる恋愛テク

「自分はこんなにも人のために尽くして、いろいろしてあげているのにどうして?」

恋人に逃げられてしまった、別れを告げられてしまった、さらに、なぜか人が自分から離れていく、人からいつも裏切られてしまう、と悩まれている方がいらっしゃいます。
人に自分を認めてもらうためにはどうすればよいのか?
これは、男女問わず・恋愛に限らず仕事でも人からの“モテ”を考える時の重要なテーマでしょう。
そんな悩みを抱えている方に、古代中国の思想家、老子の「不争謙下」(争わず、へりくだる)を1つのアイデアとしてお伝えしたいと思います。

● 老子の思想の1部
少なれば則ち得、多なれば則ち惑ふ
(欲が少なければ手に入るし、知識が多ければかえって惑わされる)

自らは見はさず、故に明なり
(自らは誇示しないからこそ明らかになる)

江海の能く百谷の王たる所以の者は、其の善く之を下るを以てなり
(大きな川や海が、多くの谷川の王者となることができている理由は、それが下って低いところにいるからである)

是を以て聖人は、民に上たらんと欲すれば、必ず言を以て之を下る
(そこで聖人は、人民の上に立とうと望んだら、必ず言葉使いでへりくだる)

老子の主張の1部を総括しますと、人の支持を集める方法として、逆説的な説き方をしています。
主張する、手を伸ばして取りにいくのではなく、求めずに、自然、すなわちありのままに振る舞えば、自ずと向こうから転がり込んでくる、ということを示唆していると言えるのではないでしょうか。
では、その自然、ありのままの振る舞いとは、どういうことなのか?
取りに行っても掴めない川の水を、大海や大河が集められるように、自然の法則に従い、人よりも低い立ち位置をとるということでしょうか。
もし、こういうことを聞いて、何かピンとくることがあったならば、間違った努力や試みで人の心を掴もうとしている、人を支配しようとしているのかも知れません。

人間関係に行き詰まった時は、自分の行動指針や固定観念を見直してみることです。

天下の柔弱なるもの、水に過ぐるは莫し。而も堅強を攻むる者は、能く勝るあるを知るもの莫し
<解説>
この世で柔らかく弱いものといったら、水以上のものはない。
しかし、固くて強いものを攻めるのに水に勝るものを知っている人はいない。

こんな1節を残しています。
戦略的であるか否かにかかわらず、人への振る舞いや対応が柔弱であることも、1つの対人関係の技術と思いますよ。
(記事:スタッフ)

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